しゃべり場に出たクラスメイトのWという男
俺の通っていた高校は授業に能や漫才があるというちょっと変わった高校だったので、それなりに変人奇人がいたと思う。
「今日はテロが起こるから」と言ってその日の授業を休んでいたNちゃんや、ロッカーを信じていないのか全ての教科のノートと参考書をリュックに入れて、毎朝腰をくの字に曲げながら通学しているKくん。休み時間は椅子の上であぐらをかき、貧乏ゆすりをしながらずっと小説を読んでいる地蔵のような顔をしたCなど個性の強い子がいた。
Cは典型的な理系でオタクという感じで(喋る時に右手で作った手刀を前に出しながら話すクセがある)、彼はスポーツの類をサッパリしてこなかったせいか授業でソフトボールをした際、バッターボックスに立ったはいいがピッチャーに背中を向けて立つという吉本新喜劇ばりのボケを当たり前の様にカマしてくれたので、授業中全生徒が倒れ込んで笑ったのを覚えている。
そんな高校で1番の頭のオカシイヤツがWという男だ。
1年の時、Wと俺は別のクラスだったのにも関わらず「Wはヤバイ!」という噂は学年中、いや学校中に知れ渡っていた。
Wは見た目からして凄く、常軌を逸したハト胸で常に背筋が伸びたままの姿勢で歩き(あ!春日と同じ!)、そして濃すぎてほぼ半円の眉毛、ものすごく深い位置まで刈り込んだ床屋ヘア、針金の様なフレームのメガネ、制服はキッチリハイウエストでタックイン。誰がどう見ても生真面目クンなのだが性格も常軌を逸したナルシシストなのだ。
普段から女子に対して「まあ、でも君はかわいいからね!瞳が輝いているよ」などのセリフを恥ずかしげもなく吐き「そういうのやめなよ」という周りのアドバイスに対しても「なんでだよ!!!女の子はこういうの好きなんだろ!!??」とツバを飛ばしてまくし立てる悪質なクレヨンしんちゃんという性格で、他人の評価を1mmも気にしないすげぇヤツだった。
2年生になりクラス替えをして以降、Wとは3年生まで同じクラスだったので、まあまあ彼とは話す機会があったのだが、もちろんWの人間的評価は3年間変わらずゲロ虫(ゲロチュウ)以下という感じであり、女子がWと話さなきゃいけない機会を手に入れてしまった場合、俺に「Wくんに〇〇って伝えてもらえる?」と仲介希望者が跡を絶たない感じであった。俺は飛脚か!
Wのオカしさが最も発揮された事件は修学旅行中に起こった。
Wの行動もなのだが、Mくんというクラスメイトもヤバくなっていた。
Mくんは簡単に言うとエスパー伊藤という感じの生徒で、真面目過ぎて挙動不審な言動が多い、常に独り言を言っている内気な生徒だ。
そう、俺のクラスはハズレの生徒しか集まっていないクラスだ。「元4組」が悪口になるようなアベレージの低い生徒が揃っていた弱小クラスだ。
その修学旅行中、Wは常にビデオカメラを回しており「沖縄の海ですよ〜!!」とか「はい、僕達は今食堂に来ています」などの実況を入れていた。なにかに使用するのだろうか?
空き時間にWが俺らの部屋に入って来て、撮影してたビデオカメラの映像を見せてもらっていたのだがその映像に俺らは驚いた。
そこに映っていたのは、Wがビデオを回しながらMくんと宿内を探索している映像。Mくんは内気なので普段はWとも話したりするような生徒ではないのだけど、修学旅行でテンションがアガっているのか映像内の彼は明らかにバキバキの目とテンションで、いつもよりハイ目な独り言をニヤニヤしながらつぶやいていて、電車にいるヤバいジジイとほぼ同じであった。
映像の中の二人は、なぜか女子の部屋がある階へ向かっていた。
「おい、まさかこれは……」
2人は階段を昇り、女子の部屋の前まで向かっていく。ナンパものAVの最初のシーンを想像してもらえると分かりやすいだろうか。
「おい、コイツらのぞきかよ……しかも撮影までしてんのかよ。クラスのゴミなのに……」
彼らのクラス内での立ち位置は「プールサイドに落ちているばんそうこう程度」なのに、なぜイキってそんな事をするのか?性欲がそうさせたのか?
のぞきはクラス内でもイケてる側のバカがやりがちな行為だと思うのだけど(もちろんやっちゃいけないけど)、なぜこのチームダボがやっているのか?俺はこの二人がどこまでキてしまっているのか、見届けようと思った。見届けようと思ったのだ。見届けようと思ったのです。
映像の中でMくんは「Wくんwwwこれはよくないよーwww戻ろうぜ」と言いながら、明らかにその行為を楽しんでいる、確実に勃起をしている声とテンションだ。
(あの内気なMくんがこんな危険な行為をするんだ……)と、俺はヒキながら見ていた。しつこい様だがMくんはほぼエスパー伊藤である。イキるな、静かに隅っこで余生を過ごしてくれ。
俺はこの二人はのぞきをすると思って映像を観ていたのだが、映像のWは思わぬ行動をとりはじめた。
女子がいる部屋のドアを正々堂々と開けて入っていったのだ。
え?リスクという言葉を知らないのかコイツら……
「失礼しますー!」
Wはお宅訪問かの様に真正面からカメラを回して入っていった。もちろん許可など取っている訳ないし、そもそも女子はWとは話さない。鎖国ならぬ鎖Wであるのに。
「はいー、今女子の部屋に来ています〜!!」
と、実況しながらWは部屋に入っていく。後ろからついて行っているMくんはエロさと背徳感とスリルにヤられたらしく「ハヒッ…ハヒッ…」と声を漏らして部屋に侵入していた。
カメラが捉えていたのは「何が起きたの?」という女子の顔だった。女子はそのWクルーを見た瞬間
「なぜカメラが?」
「なぜ勝手に?」
「なぜWが?」
「なぜ当たり前のように?」
という表情になっていた、高解像度の表情であった。
5秒ほどの沈黙(=脳のデータ処理時間)の後、ようやく事態を察知した女子達は
「は!?なにしてんの!!キモいキモイキモイ!!」
「ふざけんじゃねえ!!」
と、Wに向かって叫びはじめた。
俺は内心「これはスナッフフィルムだな……」と思いながらも、この初めて見るタイプの映像に、本当に女子が気持ち悪がっている顔に、キレている顔に、それとMくんがバキバキにキマってるのが面白くて面白くて興奮していた。あの盗撮ですらないのぞき映像を見させられていた時の気持ちは多分もう味わえないだろうな。何故ならこれは本物の犯罪だからだ。色々な感情が錯綜した鑑賞タイムであった。
その映像はMくんも同じ部屋で観ていた。我に返った俺はこいつらのクライムっぷりに気付き指摘した。俺は正義なのだ。
「WとMくん…これ犯罪だよ?何やってるの?」
「え?Mくん普段そんなんじゃないじゃん!?どうしてこんな事したの?」
「ごめん……Wであっても引くよ。これは」
「警察出てきてもおかしくないよね?」
などの注意をしているとようやくMくんはアドレナリン分泌が収まり、通常営業に戻ったよう。罪悪感に気付いたのかMくんはどんどん青ざめていき、最終的に顔が中古の文庫本のカバーを外したみたいな色味とシワっぷりになってしまった。そのM文庫が創刊したと同時に(そして即廃刊からの絶版!)外が騒がしくなってきた。
「先生!!!Wが……Wが勝手に部屋に入ってきたんですけど!!」
女子の怒声が部屋の外から聞こえる。「ゴキブリ出たみたいな言い方すな」と思ったのだが、Wの評価は実際ゴキブリ以下であったので納得。担任は僕らの部屋からWとMくんを連れ出し、こっぴどく叱られビデオカメラは没収された。
Mくんはそれ以来明らかに口数が以前より減り、落ちてるばんそうこう以下の学園ライフを過ごしていたが、Wは変わらずという感じで、俺はWの高貴なるハートに「主(しゅ)かよ……」と思っていた。
Wにはまだ逸話がある。
とある日、Wが帰りのホームルームで急に手を挙げた。
「来週からオンエアのしゃべり場にレギュラーで出る事になりました。よろしければ観て下さい」ということを口にしたのだ。
しゃべり場と言えば10代がまとまってもいない意見を討論サマ様を楽しむ、青臭さを楽しむポルノ番組である。
フツー、クラスメイトが出るとなったら教室は盛り上がりそうなものだが、Wの評価は盗撮ゴキブリ以下であったため、誰も返事をしない重い空気になっていた。Wはそんな空気でさえも気にしない、いや嫌われている事を気にしないからこそ手を挙げて発言が出来るのだ。
学年全員がオカシイ認定をしているあのWがテレビに出るのか!と、俺含め周りの面白がりは大興奮であった。人生楽しんだもん勝ちである。
俺はそのシーズンのしゃべり場をネットの反応を観察しながら観ていたのだが、シーズンの最初から「アイツはなんだ?」「キモイ」「勘違い」という書き込みがめちゃくちゃ出てきたのを覚えている。俺学同級生として同じことを思ってたよ。
しかもWが主役の回で話したいテーマとして持ってきたのは「どうして僕はモテないの?」というもの。クラスメイトだけでなく、全NHK契約者&違法受信者が「見た目だろ!」と思ったのは明らかである。そしてその週のWの発言を聞いて「全てだろ!」と思ったのも明らか。ズレまくったWの女性感、そして男尊女卑っぷり、ナルシシストっぷりが炸裂した国民総ツッコミの素晴らしいエンタメだった。
その回のレポートは検索すれば見つかるので是非見て頂きたい。
出演後、Wから話を聞いたのだが、Wはしゃべり場メンバーからもめちゃくちゃ嫌われていたようで「出演者に楽屋でケンカを売られた」と聞いた。お前がケンカのフリマを常にしてるんだよ、ナチュラルにさ!
その「どうして僕はモテないの?」回の翌日、学校はWの話でもちきりだった。いかんせんWは超絶嫌われていたので誰も本人には誰も話しかけていなかった。さすが孤高の主である。
で、しゃべり場は翌々週に前々回の放送を観た視聴者が「その回に物申す!」的なコーナーが放送されるのだけど、俺はその物申す役に「ちやや」が出てきたことに更に驚いたのだ。
ちややとは同じ高校の女の子で、本名は「”ち”がつくとある名前」だったにも関わらず、当時あややが流行っていたというだけで自らを「ちやや」と名乗り、周りにもそう呼ばせていたカンチガイちゃんで、男子の間では恰好のネタキャラだったのだが、そのちややがTVでWに物申していたのだ。Wと同じ高校であることには触れずに。
Wに触発されて自己承認欲求を抑えられなくなったカンチガイちややはWを利用して、自らもTV出演を果たしたのだ。合気道的な考え方である、いわゆる便乗。
ちややはそういうヤツだ。その為にハガキを出したのだ。NHKなので往復ハガキを出したのだろうか?
ちややとは化学の授業で一緒だったので、放送後の授業で彼女の会話を盗み聞きしていたのだが「私もしゃべり場出ちゃったんだよね〜(笑)」とあたかも誰かに頼まれたかのように、かつ自慢げにヌかしており、俺は
「Wよりこのちややの方が終わってるな」と、密かに思ったのである。
以上すべてを読んだカミナリのたくみ君
「おめーの学校、カスばっかだなッ!!!」
それに対してキムタクが一言
「出汁(でじる)」
Wとはその後の高校の何周年記念かのパーティーで出会ったのだが、性格はあのままでめちゃくちゃ頭がハゲていて
「このビンゴの揃いっぷりエグいな」
と思ったのでした。